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浦和地方裁判所 昭和57年(行ウ)7号 判決

原告

田中きみ子

右訴訟代理人

大木一幸

斎藤喜英

被告

所沢労働基準監督署長

一倉幸司

被告指定代理人

長沢幸男

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

原告訴訟代理人は、「被告が昭和五五年三月一二日原告に対し労働者災害補償保険法に基づく遺族補償費及び葬祭料を支給しないとした決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

第二  当事者双方の主張

一  請求原因並びに原告の主張

(一)  訴外亡田中昇(以下、単に昇という。)は、油圧プレス機械により電気製品の部品の組立、加工を目的とする有限会社田中製作所の取締役であり、労働者災害補償保険法(以下、労災保険法という。)上の同保険(以下、労災保険という。)の特別加入者であつたが、昭和五三年一〇月二四日午前四時三〇分ころから同六時三〇分ころまでの間に、右会社狭山工場において油圧プレス機械の金型のバリ取り作業中、誤つて右機械を作動させて頭部をはさまれ、頭部れき断の傷害に因り即死した。

(二)  原告は、昇の養母であつてその葬祭を行つたものであり、他方、昇には配優者及び子がなく、また、昇の実父母はすでに死亡していたから、労災保険法第一六条の七第二項、第一項第三号の受給権者である。

(三)1  原告は、昭和五四年八月三日被告に対し労災保険法に基づき遺族補償費、葬祭料等の各保険金の給付請求をしたが、被告は、同五五年三月一二日昇の死亡は業務上の災害とは認められないとの理由で、右各保険金を給付しない決定(以下、本件不支給処分という。)をした。

2  原告は、昭和五五年五月一日右不支給処分を不服として労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたが、同審査官は、同年一一月四日右請求を棄却する決定をした。そこで、原告は、更に同年一二月一七日労働保険審査会へ再審査請求をしたが、同審査会も、同五六年一二月一五日右再審査請求を棄却する裁決をし、同裁決書謄本は、同五七年三月二六日原告に送達された。

(四)  しかしながら、昇の死亡は業務上の災害に該当するから、これを否定していた本件不支給処分は違法である。よつて、原告は、右処分の取消を求めるため、本訴に及んだ。

二  請求原因に対する認否並びに被告の主張

(一)  請求原因(一)ないし(三)の事実を認める。

(二)  昇の死亡は、業務上の災害に該当しない。その理由は、次のとおりである。

1 昇は、被災前日から田中製作所狭山工場に泊り込み、翌二四日午前四時三〇分ころからプレスに取り付けた金型のバリ取り作業をしていたものであつて、その死亡時刻は午前六時三〇分ころと推定されている。また、同人は、田中製作所の実質的な社長として、右狭山工場において従業員の指揮監督、受注、外注の一切の業務を担当していたが、昼間は主として得意先回りをし、夜間は製品を納期に間に合わせるため、従業員の退社後工場長の訴外佐野庄次と共に午後一一時ないし一二時ころまでプレス作業に従事することが多く、また、月に三、四回は右工場に泊り込み、翌朝一人でプレス作業をしていたものである。

昇は昭和四八年七月一九日付をもつて特別加入の承認を受けたが、その加入申請書別紙の業務内容欄には、「プレス工」とのみ記載され、特別加入者の従事する事業の使用労働者の所定労働時間については記載されていなかつたので、被告において調査したところ、始業午前八時、終業午後五時であることが判明した。また、田中製作所においては、時間外労働が多く、従業員のほとんどが毎日午後七時ころまで、希望者は午後八時五〇分ころまで残業をしていたが、早出残業が行われていなかつた。

2 労災保険の特別加入制度の趣旨は、その業務の実情、災害の発生状況等に照らして、実質的に労働基準法の適用労働者に準じて保護するにふさわしい者に対して労災保険を適用しようというものであるから、特別加入者の被つた災害が業務上の災害として保護される場合の業務の範囲は、あくまでも労働者の行う業務の範囲に準じたものでなければならない。そして、その業務の範囲は、労災保険法第三一条の委任条項により定められた同法施行規則第四六条の二六を受けて発せられた労働省労働基準局長通達(昭和五〇年一一月二四日付基発第六七一号)によつて定められている(なお、右通達の法的根拠は右のとおりであるから、右通達は、単なる所管庁内部における解釈例規と異なり、法的効力をもつものである。)。

右通達により特別加入者につき業務遂行性が認められる場合は、(1)原告が主張する、所定労働時間(休憩時間を含む。)内において特別加入申請に係る事業のためにする行為(当該行為が事業主の立場において行う事業主本来の業務を除く。)及びこれに直接附帯する行為(生理的行為、反射的行為、準備、後始末行為、必要行為、合理的行為及び緊急業務行為をいう。)を行う場合のほか、(2)労働者の時間外労働に応じて就業する場合、(3)就業時間(時間外労働を含む。)に接続して行われる準備、後始末行為を特別加入者のみで行う場合等一定の場合に限られ、その他の場合は業務外になるものとされている。

3 ところで、昇の業務の実情、災害の発生状況は、右(一)のとおりであるから、事故発生時における昇の業務は、所定労働時間内における業務行為及びこれに直接附帯する行為並びに労働者の時間外労働に応じて就業する場合のいずれにも該当しない。むしろ、昇は、製品を納期に間に合わせるため事業主の立場から、前記バリ取り作業をやむなく行つたものである。

4 特別加入者が準備、後始末行為を単独で行つている場合にも業務遂行性を認められることは、前記のとおりであるが、この場合の準備、後始末行為は、所定労働時間に連続していることが必要であつて、例えば、所定労働時間後に休憩、夕食及び入浴等をした後、あらためて準備、後始末行為を行う場合等は、業務遂行性が認められないとされているところ、本件では、仮に昇が被災することなく、中村製作所等の得意先を回つていたとすれば、昇の前記バリ取り作業と始業時との間に事業主本来の業務が介在したことになるから、右作業はもはや本来の業務の始業時刻に接続した準備行為とはいえないことになる。

(三)  以上のとおり、昇の死亡は業務上の災害に該当しないから、被告のなした本件処分は正当であつて、原告の主張は理由がない。従つて、原告の本訴請求は、失当として棄却されるべきである。

三  被告の主張に対する原告の反論

(一)  労災保険は、労働者の業務災害に対する補償を目的とするものであるが、事業主といつてもその中には業務形態、災害の発生状況などからみて労働者に準じて労災保険により保護するにふさわしい者(極端な例を挙げるならば大工の一人親方など。)が存するので、それらの者に労災保険への加入を認めたのが特別加入制度である。いわば、これらの中小企業主は、事業主としての面と労働者としての二面を併せもつているので、その労働者としての面につき労災保険による補償を与えたのである。

本件における田中製作所取締役昇も、その典型的な例であつて、同人は、自ら率先してブレス機械を動かしており、それが故に、特別加入申請においてもその業務内容を「プレス工」としたのである。

(二)  次に、労働基準法第七五条の解釈を例にとれば、事業場及び所定労働時間の内外を問わず、労働者が使用者の特命によつて行動中に被つた災害は、業務遂行性がきわめて明確であるので、業務上の災害に該当すると解される。

本件において、昇は、所定労働時間外ではあるが、事業場内において、事業主としての面からの特命により、労働者たる面において、前記早朝作業を行つていたものとみられる。すなわち、中小企業の実態からみると、従業員に対し長時間の残業、早朝出勤などをさせることはできないので、昇が、従業員に代わつて労働者として納期に間に合わせるため前記作業を行つていたのであるから、業務上の災害に該当することは極めて明白である。

(三)  以上のとおりであるから、被告のいう労働基準局長通達の趣旨は誤りであるか、又は一つの解釈例規としての意味はあるとしても、少くとも本件の場合には適切ではない。

(四)  仮りに、前記昇の早朝作業が特別加入申請に係る事業のためにする行為に該当しないとしても、右作業は、右事業のためにする行為の準備行為に該当する。すなわち、昇がしていたバリ取り作業とは、プレス機械の金型に付着したプレス製品の残滓を剥す作業であるが、作業開始時刻である午前八時に、直ちに作業開始ができるよう、それ以前に剥す必要がある。昇は、事故当日午前七時三〇分までに取引先である中村製作所(東京都港区所在)に行く予定であつたので、早起きをして右作業をなしたのであるから、右作業は、準備行為にあたる。

第三  証拠〈省略〉

理由

一昇は油圧プレス機械により電気製品の部品の組立、加工を目的とする有限会社田中製作所の取締役であつて、労災保険法上の労災保険の特別加入者であつたが、昭和五三年一〇月二四日午前四時三〇分ころから同六時三〇分ころまでの間に、右会社狭山工場において油圧プレス機械の金型のバリ取り作業中、誤つて右機械を作動させて頭部をはさまれ、頭部れき断の傷害により死亡したこと、原告が労災保険法第一六条の七第二項、第一項第三号の受給権者であること、原告は昭和五四年四八月三日被告に対し労災保険法に基づき遺族補償費、葬祭料等の請求をしたが、被告は同五五年三月一二日昇の死亡は業務上の災害とは認められないとの理由で右各保険金を給付しない旨の決定(本件不支給処分)をしたこと、

原告は、同年五月一日本件不支給処分を不服として労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたところ、同審査官は同年一一月四日右請求を棄却する決定をしたこと、更に原告は、同年一二月一七日労働保険審査会へ再審査請求をしたが、同審査会は同五六年一二月一五日右請求を棄却する裁決をしたこと及び同裁決書謄本が同五七年三月二六日原告に送達されたこと、以上の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、被告のした本件不支給処分の適否について判断する。

(一)  先ず、昇の死亡に至るまでの経緯等について検討するに、右争いのない事実に〈証拠〉を総合すると、

1  田中製作所の代表取締役である原告は、同社の、総務、人事及び経理事務を担当し、同社の取締役であつた昇は、狭山市狭山一丁目一番五号に所在する同社狭山工場の責任者として工場長訴外佐野庄次を介するなどして従業員一五名を指揮監督し電気製品の部品の製造、組立等の製造業務及び受注、納品等の渉外業務に従事するほか、自らもプレスを使用して右部品の製造業務に従事していたこと、

2  田中製作所は、昭和四八年四月一日付で労働基準局長に対し昇につき労災保険特別加入の申請をして同年七月一九日承認されたが、その申請書には業務の内容として「プレス工」と記載されてはいたものの、就業時間に関する記載は存しなかつたが、同社の本件災害時における就業時間は午前八時から午後五時までとされていたこと、しかし当時は受注が多く、従業員は、殆んど毎日午後七時ころまで、希望者は午後八時五〇分ころまで残業をする状況にあつたので、昇も、昼間受注、納品など主として得意先を回り、夜間は製品を納期に間に合わせるため自らもプレス作業に従事し、屡々単独で同工場に泊り込み早朝六時ころから作業に従事していたが、従業員は早朝作業に従事していなかつたこと、

3  本件事故の前日である昭和五三年一〇月二三日昇は、従業員が午後九時ころ退社した後も狭山工場に残つてプレス作業をし、同日午後一一時すぎ原告に対し翌朝「板橋のタニタ」に納品しその後七時三〇分までに中村製作所(東京都港区所在)に行かねばならないので四時三〇分に起してほしい旨電話をしてきたので、原告は翌二四日午前四時三〇分狭山工場に電話して昇を起したこと、

4  昇は、その後一五〇屯油圧プレスに取付けた金型のバリ取り作業に従事中誤つて右機械を作動し頭部を挾み同日午前六時三〇分ころ頭部れき断により即死し、同日午前七時三〇分ころ出勤してきた佐野庄次に発見されたこと、

以上の事実を認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(二)  惟うに、労災保険は、労働者の業務災害に対する補償を目的とするものであるが、中小企業主及びその事業主が行う事業に従事する者の中には、業務の実態、災害の発生状況からみて労働者に準じて労災保険により保護するにふさわしい者の存する事実は否定し得ないところであつて、これらの者に労災保険への加入を認めたのが特別加入の制度であることはいうまでもないところである。換言すれば、特別加入制度は、事業主としての面と労働者としての面を併せもつているこれら中小企業主等の業務内容のうち、労働者として有する面に着目し、その側面に限り労働者に準じて労災保険による補償を与えたものと理解すべきものであり、このことは原告の主張するとおりである。ところで、中小企業主等の業務内容は、労働契約に基づき他人の指揮命令により他律的に定まる労働者の場合と異なり、自身の判断によりいわば主観的、恣意的に決定されることが多いから、特別加入者の業務の範囲については、中小企業主等の業務のうち労働者の業務に準じた業務内容に限定すべきことは当然であり、この場合労働者の業務に準じた業務内容を客観的に判定し、もつて中小企業主等の主観的、恣意的行為と区別するがためには、単にそれが労働者の業務と同種又はこれに準ずるものであるかどうかを考慮するだけでは足りず、事業施設内におけるものかということのほか、就業時間も労働者のそれに準じさせる必要のあることは見易い道理である。若し、原告の主張するように、特別加入者の行う業務は、それが特別加入申請の際明示された業務であつて、事業所施設内でなされる限り時刻、時間の如何に拘わらず、特命による労働者の労働と同視すべきであるとするなら、それは取りも直さず、中小企業主等の特別加入者の主観的、恣意的な行動により、その業務の範囲を労働者のそれより拡大するに至る結果、労働者に準じて中小企業主等を保護しようとする特別加入制度の趣旨を没却することになつて不当である。

そこで、特別加入者の業務災害の認定については、労災保険法第三一条の規定によつて委任された同法施行規則第四六条の二六において、労働省労働基準局長の定める基準によつて行うものとし、そしてこれを受けて、発せられた「特別加入者に係る業務上外の認定基準等の改正について」と題する同局長通達(昭和五〇年一一月一四日付基発第六七一号)によると、特別加入者の業務遂行性を認める範囲を、労働者のそれに準じて次のように定めた(本件に関係のないものを除く。)が、この趣旨が誤りであるとか、不適切であると認める余地はない。

(1)  特別加入申請書別紙の業務の内容欄に記載された所定労働時間(休憩時間を含む。)内において、特別加入の申請に係る事業のためにする行為(当該行為が事業主の立場において行う事業主本来の業務を除く。)及びこれに直接附帯する行為(生理的行為、反射的行為、準備・後始末行為、必要行為、合理的行為及び緊急業務行為をいう。)を行う場合。

(2)  労働者の時間外労働に応じて就業する場合。

(3)  就業時間(時間外労働を含む。)に接続して行われる準備・後始末の業務を特別加入者単独で行う場合。

(4)  右(1)、(2)及び(3)の就業時間内における事業場施設の利用中及び事業施設内での行動中の場合。

(三)  進んで本件についてみるに、昇は被災当日午前四時三〇分ころから一五〇屯油圧プレスに取り付けた金型のバリ取り作業中、同日午前六時三〇分ころ、誤つて右プレスを作動させ頭部を挾まれてこれをれき断して即死するに至つたことは、前叙のとおりであるが、右の作業は、従業員が就業後直ちにプレス作業に従事できるよう予めプレスの金型に付着した残滓を剥して置く必要があることによるものであつたとしても、右作業は、田中製作所の就業時間午前八時より一時間三〇分も以前のことであつて、しかも、右作業は、特別加入申請書に記載しなかつた昇の業務たる得意先回りを早々にするための便宜上なされたもの、すなわち当日東京都板橋区内の得意先「タニタ」に納品し、同日午前七時三〇分までに同都港区内の中村製作所に赴くためになされたものであることは、前に説示したとおりであるから、右は、前示通達に定める、就業時間における特別加入申請に係る事業及びこれに直接附帯する行為、就業時間内における事業場施設の利用中及び事業施設内での行動中の場合並びに労働者の時間外労働に応じて就業する場合のいずれにも該当しないことは明らかであり、また、右バリ取り作業と就業時間との間に得意先回りが介在したのであるから、右作業は、もとより右通達にいう就業時間に接続してなされた準備行為にも該らない。

(四)  以上のとおり、本件における昇の死亡は、業務上の災害によるものとは認められないから、これを業務上の災害に該当しないとしてした本件不支給処分には、所論のような違法は存しない。

三以上の次第であるから本件不支給処分は違法であるとして、これが取消しを求める原告の本訴請求は、これを失当として棄却すべきものである。よつて、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(長久保武 大喜多啓光 坂野征四郎)

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